そゞろごと

noli me legere

尾崎紅葉「金色夜叉」

金色夜叉」首尾よく入手、初めはへたくそな美文だなと思いつつ読んでいたが、先へ進むにつれだんだんと調子が出てきて、さすがにこれは一世を風靡しただけのことはあるなと今更ながらに感心する。それにしても序盤で早々とお宮さんと別れ、高利貸の手代に身を落した寛一は、これから復讐の鬼と化すのだろうか、それとも最後には和解するのだろうか、どうも後者のようが気がするが……

「魔風~」もそうだったが、この小説でも男は多情多恨で器量が狭く、女は優柔不断で始終罪の意識に悩んでいる。湿っぽくていかんという人もあるだろうが、私はこの湿っぽさを断固として支持する。こうでなくては日本の小説らしくない。

「魔風~」が活字で読む漫画だとしたら、「金色夜叉」は活字で読む映画(活動写真)であろう。そしてここでもまた会話のすばらしさが際立っている。「絵も会話もない本なんて何の意味があるのかしら」とアリスは言った。たしかに! しかもこんなふうに話をする人はもう日本には存在しないのであってみれば!

あとちょっと思ったのは、この小説はおそらく上田敏にかなりの影響を与えている。彼が「象徴詩釈義」とかいう文でマラルメのソネットを論じて、この詩の趣旨は恋と名利との葛藤なり、と断じたのを読んで、ずいぶん俗っぽい解釈だな、と思ったものだが、おそらくそのとき上田敏の頭にはこの小説があったのではないだろうか。私は彼の訳詩や文にはかなり親しんでいるから、そのあちこちに「金色夜叉」の文体が影を落しているのがよくわかる。そういう意味でも私にはおもしろい本だ。